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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1292号 判決

控訴人(被告) 神戸税務署長

訴訟代理人 水野祐一 外四名

被控訴人(原告) 山下直次

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張証拠の提出援用認否は、

控訴人において、

一般に租税法律関係の本質は従前解せられていたように命令強制、権力服従の関係というよりもむしろ直接税法に基き発生する対等者間の債権債務関係と解するのが相当であつて、性質の許す限り私法上の債権と同一の取扱をするのを相当とする。確定申告書等に記載せられた所得額及び所得税額の更正処分取消を請求する訴訟の性質は、特定の行政処分の違法一般の主張をその訴訟物とするものであつて、違法の確定によつて既存の行政処分の効果を遡及的に消滅させる形成訴訟の一種と考えられるから、民事訴訟法における請求異議の訴に類似する。すなわち行政処分取消訴訟も請求異議訴訟もともに執行力を有する既存の債務名義の執行力を排除するため取消権又は異議権を主張するものであり、共に裁判所の執行停止命令のない限りその執行を妨げられないのである。このような類似性に基き請求異議訴訟において被告が当該確定債権の消滅を争いその存続を主張し、結局原告の敗訴に確定したときは右債権に付消滅時効中断の効果を認容すべきものとした昭和一七年一月二八日の大審院判例は右行政処分取消請求の訴訟にも当然妥当するものと考えられるのである。そして控訴人は被控訴人の提起した昭和二四年度所得額及び所得税額更正処分取消請求訴訟に付、昭和二六年四月七日の口頭弁論において請求棄却の判決を求め、右訴訟は控訴、上告を経て昭和三一年九月八日被控訴人の敗訴に確定したものであるから、被控訴人に対する更正にかかる昭和二四年度所得税債権の消滅時効は昭和二六年四月一七日から昭和三一年九月八日までの間は中断せられていたものというべきである。ところで所得税に関する加算税、追徴税、利子税及び延滞加算税(以下包括して加算税と略称することがある)は基本たる当該具体的場合の所得税額の納付義務の発生存在を基礎として当該税法所定の要件に従い当然に発生付加せられるものであつて、本税額の内容の拡大したものとしての性質を有し本税額納付の遅滞の続く限り必然的に雪だるま式に本税額に加算せられるべき付加金として本税と一体をなし、その納付についても本税と同一期限に服すべきものである。したがつて前記取消訴訟による本税額徴収権の時効中断の効力は当然加算税等の徴収権についても不可分的に及ぶものといわなければならない。

原判決は本税額に関する更正処分の適否と加算税等付帯税の徴収権とは無関係であつて、更正処分取消の行政訴訟において当該処分の適法なることを主張して請求棄却の判決を求めたからといつて直ちに付帯税の徴収権までも裁判上行使したものと認められない旨判示しているが、徴収権というも法律上は租税債権の一属性に外ならないものであり、更正処分は正にその租税債権の内容効力を定めるものであるから租税額等の更正処分とその徴収権とを別個のものと考えることはできない、しかも付帯税は本税と一体をなすものに外ならないから付帯税の徴収権と本税額等の更正処分とを何等の関連のないものとして別個に考察することはできない。原判決の右判断は失当である。

また原判決は、被控訴人が控訴人に対し書面(甲第四号証)により本件加算税等の徴収権の存在を争う旨の意思表示をしたものと認定しこれをもつて被控訴人が本税額のみは納付したにも拘らず加算税等の徴収権についてはなお時効中断の効力を生じないものと認めるべき特段の事情にあたる旨判示しているけれども、右甲第四号証の書面が控訴人宛に送付されるまでには控訴人と被控訴人の間に次のような経緯があつたのである。

被控訴人は昭和二九年二月一一日付内容証明郵便による書面をもつて控訴人に対し、「被控訴人より提起した本件所得税更正処分取消請求の行政訴訟に付被控訴人は第一審において敗訴し控訴したこと、第二審においては勝訴を確信するが若し再び敗訴すれば更に上告して争うべきこと、右訴訟が結局被控訴人の勝訴に確定すれば、それ以前に税金を納付しても還付手続の煩を避け得ないから、むしろ右訴訟の終結まで納税を猶予せられたいこと、若し右取消訴訟に付上告審を経てなお被控訴人の敗訴に確定した場合には所得税本税額のみは即時納付すべきこと、この場合加算税等は右上告審判決言渡の時を起点として将来に向つてのみ発生すべく、それ以前の期間については加算税等の納付義務は存しないものと思料するが如何。」という趣旨の申入及び照会をした。これに対し控訴人は被控訴人に宛て昭和二九年二月一七日付第二回納税催告書と題する書面を送付して、右申入れにかかる納税の猶予は容認できない旨回答するとともにあわせて本税額と加算税等とを完納すべき旨を催告し、右書面は同月二〇日までには被控訴人に到達したものと認められる。ところが被控訴人は更に同月二〇日控訴人に対し「所得税の本税額は同月二三日までに納付する。前記更正処分取消訴訟が被控訴人の勝訴に帰した場合は控訴人に対し右訴訟費用の償還を求めるは勿論損害賠償請求の訴をも提起する。加算税等は上告審判決以後について発生するものと解せられるから納付しない。」旨の書面を送付し、同年二月二三日に至つて本件所得税の本税額を納付したのである。

以上の経過によれば被控訴人が前記甲第四号証の書面において主張する加算税等不納付の理由は、未だ必ずしも被控訴人が付帯税制度に関する自己の解釈に基き控訴人に対してその納付義務が存在しない旨の確信を表明したものという程のものではなく、右照会に応じて控訴人がその見解を明かにし且つその見解が被控訴人の右解釈と一致するならば、加算税等納付の義務が上告審判決以後始めて発生しそれ以前には発生しないものであることを不納付の確定的理由として援用するという意思を表明したにすぎないものと解するのが相当である。右照会に対して控訴人は前記のとおり被控訴人の見解の採り得ないことを明かにし且つ加算税等の納付をも催告したものであるから、これによつて被控訴人としては付帯税の発生に関するその主張の理由のないことを明かに認識し得たものと認められる。そして被控訴人が控訴人からの右回答催告によつて自己の前記見解の失当であることを明かに認識したと認められる時期以後である昭和二九年二月二三日本税額を納付したのであるから、右納付行為は被控訴人において本税額のみならず本件加算税等の徴収権についてもその存在を確認しこれを表示したものと解するのが相当であつて、原判決にいうように特段の反対事情の存する場合に該当するものではない。原判決の右判断も失当である。

次に控訴人が被控訴人に対する本件加算税等の徴収権につき差押等自力執行の方法を実行しなかつたことをもつて権利者が権利の上に眠り、その行使を怠つたものと目すのも相当でない。控訴人としては、被控訴人が提起した前記更正処分取消の行政争訟がなお現に係属中であつたこと、被控訴人が法曹として十分に事理を弁識していること、被控訴人が納税に関し折衝の折に当該係職員に対して右争訟が被控訴人の敗訴に帰した場合には即時税金を完納する旨明言していたこと、等を考慮して被控訴人に対する強制徴収の処分を強行することを暫く差控えるのを相当と思料したことによるに外ならないのである。

仮に被控訴人が昭和二九年二月二三日所得税本税額を納付したにも拘らずなお納付行為が本件加算税等の徴収権の消滅時効中断事由たる承認にあたらないと認めるべき特段の反対事情が存在したとしても、昭和三七年四月一日施行の同年法律第六六号国税通則法第七三条第三項は「国税の徴収権の時効は延納、納税の猶予又は徴収若しくは滞納処分に関する猶予に係る部分の国税(当該部分の国税にあわせて納付すべき延滞税及び利子税を含む。)につき、その延納又は猶予がされている期間内は進行しない。」と規定し、同条第四項は「国税(付帯税及び国税滞納処分費を除く。)についての国税の徴収権の時効が中断し、又は当該国税が納付されたときは、その中断し、又は納付された部分の国税に係る延滞税又は利子税についての国税の徴収権につきその時効が中断する。」と規定し、右規定にいう延滞税及び利子税とは本件における加算税等と同性質の国税であつて唯税法改正の機会にその呼称が改められたにすぎないものであるところ、右規定に定める時効中断の効力は同法をもつて初めて創設せられた徴税権の時効消滅に関する制度若しくは付帯税徴収権の時効消滅の制度と解すべきものではなく、加算税等と本税とが本来一体をなし同一の法的運命に服するものであることを時効に関し明文を以て確認したものに外ならないと解せられるのである。したがつてその本税額の部分のみといえどもこれを納付する行為は、納税者側の主観的認識や意図の如何に関係なく、加算税等を含めた一体としての国税の残額徴収権の全範囲に付時効中断の効力を生ずるものと解するのが相当である。

控訴人は被控訴人に対する昭和二四年度所得税の徴収に関し被控訴人に対し、昭和二五年二月二二日所得額及び税額の更正処分を通知しあわせて納期限を同年三月二二日と定めた納税告知書を発し、同年三月三一日指定期限を同年四月一四日と定めた督促状を発した。被控訴人においては昭和二九年二月二三日右所得税の本税額を納付した。控訴人は昭和三四年二月九日被控訴人に対し本件加算税等納付の催告状を発し右催告状は同月一一日被控訴人に到着した。したがつて同日から六ケ月以内であつて本件加算税等につき未だ消滅時効の完成しない同年五月一一日にした本件差押の滞納処分は適法である。

仮に本件加算税等の徴収権が既に時効消滅したものとしても時効完成の時期は昭和二五年三月三一日に発した前記督促状における指定期限たる同年四月一四日から五年を経過した昭和三〇年四月一四日の終了の時であつて、原判決判示の昭和三〇年二月二二日の終了の時ではない。

(証拠省略)

と述べ、

被控訴人において、

被控訴人が本件所得税本税額を納付した行為につき本件加算税等徴収権の消滅時効中断事由たる承認としての効力を容認するためには被控訴人が本税額納付に際して加算税等徴収権の存在を認識し且つ右認識を表示したことを要するところ、控訴人主張の昭和二九年二月一一日付神戸税務署長山口新一宛被控訴人名義の書面の記載内容は、被控訴人において本件加算税等徴収権の存在を承認しこれに関する意思表示をしたものとは解せられず却つて右徴収権の存在を否認する趣旨と解するのを相当とするものであること記載自体に照らして明かである。控訴人はその主張の納税催告書において昭和二九年二月二〇日までに本税及び付帯金を完納するよう催告する旨記載し、爾後控訴人においては何時でも被控訴人に対し滞納処分をなし得べき職務権限を有しながら昭和三四年五月一一日になつて本件滞納処分の差押をしたものであつて、右徴収権が時効により既に消滅した後になつて右滞納処分をした違法の瑕疵を免れることを得ない。

(証拠省略)

と述べた、

外原判決事実記載と同一であるからこれを引用する。

理由

控訴人が被控訴人の納付すべき昭和二四年度所得税に関する加算税額一、七八〇円、追徴税額二万二、二五〇円、利子税額一万〇、三八〇円、及び延滞加算税額四、四〇〇円(以下本件加算税等若しくは本件付帯税と略称することがある。)合計金三万八、八一〇円の徴収を目的とする国の権利に基き滞納処分として昭和三四年五月一一日被控訴人加入名義の日本電信電話公社元町局所属五二三八番電話加入権の差押(以下本件差押処分という)をしたことは当事者間に争がない。

そして控訴人が被控訴人の確定申告にかかる昭和二四年度所得税に付更正処分をして昭和二五年二月二二日にその更正通知とともに、納期限を同年三月二二日と指定した追徴税額二万二、二五〇円及び加算税額一、七八〇円に付納税告知書を発したことは当事者間に争がなく、右通知及び納税告知書は反証のない本件においては発送の一両日後、遅くとも右の指定納期限以前には被控訴人に到達したものと推定するのを相当とする。右によれば被控訴人の納付すべき右追徴税額及び右更正に伴う加算税額の徴収権については右規定納期限の翌日たる昭和二五年三月二三日よりその消滅時効期間が進行を始めたものというべきところ、成立に争のない乙第一及び第三号証と原審における証人渡辺栄輔の証言並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人が昭和二五年三月三一日に右追徴税額等に付被控訴人に宛て、期限を同年四月一四日と指定した督促状を発したことが認められ、反証のない本件においては右督促状は発送の一両日後、遅くとも右指定期限の到来以前には被控訴人に到達したものと推定するのが相当であるから、その到達の時において右追徴税額及び加算税額について右消滅時効は一旦中断せられ、右指定期限の徒過によりその翌日たる昭和二五年四月一五日から再び消滅時効期間が進行を開始したものといわなければならない。

次に本件利子税額及び延滞加算税額徴収権の消滅時効期間の起算点について考える。所得税に関する利子税は昭和二五年法律第七一号所得税法の一部改正法によつて設けられたものであるが、元来利子税というものは国の所得税債権についての履行遅滞に基き当該納税義務者に課せられる遅延利息支払義務の実質を有するものと解せられる。すなわち一定の納税者につき特定年度の具体的所得税額納付の義務が確定すること(たとえば申告納税の場合においては更正処分を受けない適正な申告額を内容として、更正処分を受けた場合には政府の認定に従い更正せられた額を内容として、また無申告の場合には政府の決定した額を内容として確定する)を前提とするのであつて、すなわち国の側においては具体額租税債権として所得税額を徴収し得る段階に至つている場合において、当該納税義務者が法定納期限(本件所得税に関しては翌年一月三一日である)を徒過することにより、その翌日以降納付の日までの日数に対し法定の率に従い計算した額に付、利子税として納税告知をなすことによつてその納税義務者に付発生確定する具体額金銭納付の義務を内容とするものであつて、所得税本税額におけるように、各納税者につき直接所得税法の定めるところに従い毎年度末現在においてすでに法律上当然当該年度の所得額に応じ客観的には確定している筈の額の納付を目的として抽象的租税法律関係が成立し、次でこれを基盤として納税者側の申告又は国の側の更正決定等の手続を経ることによつて具体額納付の義務として確定せられるに至るという、いわば二重の法律関係は利子税については存しないものと考えられる。換言すれば利子税については、本税額におけるように申告とか更正決定等の手続により具体的義務内容が確定されるに先立つて、直接所得税法の規定に基く基本的抽象的租税法律関係が国と個々の納税者の間に成立しているという関係は存しないものであつて、常に既に具体化した所得税額の納付義務の成立と、その納付についての具体的な法定納期限の徒過とを前提要件として、以後遅滞の日数に対し法定の率によつて算定せられる額につき納税告知がなされることによつて、始めて具体的内容の確定した利子税納付義務として成立するものと解せられる。そして同じく前記所得税法の一部改正法によつて課せられるべき延滞加算税についても、それが具体的所得税額の納付義務の確定、その法定若しくは納税告知書記載の指定納期限の経過並びにそれ以後に行なわれるべき法定の督促手続における督促状記載の指定期限の徒過を要件としてのみ、督促状記載の指定期限の翌日以降現実の納付の日までの日数の各一日について、督促にも拘らずなお納税しないことに対する一種の行政上の遅滞罰として、納税告知の手続を経て本税に付帯して徴収されるもの(この場合の納税告知は督促状に納税告知の趣旨をもあわせ記載した一通の書面をもつて行なわれるのを通常の実務取扱例とすることは当裁判所に顕著な事実であり、従つて右指定期限を徒過した場合、期限経過の時点における残存額に付、現実の納付の日までの爾後の日数に応じ所定の割合により計算せられる金額を延滞加算税として納付すべき旨の停止条件付納税告知の形をとるものと解せられるのである。)であつて、常に具体的場合の遅滞の日数に応じ具体額金銭の納付義務としてのみ発生し、その基礎として各納税者と国との間に、予め直接法律の規定のみに基く、抽象的延滞加算税納付の法律関係が成立していると解すべき余地の存しないものである点は、前記利子税におけると同一と解せられる。そうだとすれば利子税及び延滞加算税の徴収権に付、未だ具体的な利子税若しくは延滞加算税の成立する以前に遡つて、すでに所得税本税額の法定期限若しくは更正決定に伴う指定納期限の到来の翌日からその消滅時効期間が進行するものと解することはできない。具体的数額のものとしてのみ一日毎に確定的に成立する利子税額及び延滞加算税額の各徴収権は、事後の又は予定的(当該場合の所得税本税額に関する法定納期限以後納税告知の時までの期間に対する分の利子税については事後的であり、右納税告知の日以後現実の納付の日までの期間に対する利子税額並びに延滞加算税額の納税告知においては常に将来に対するものとして一種の停止条件付納税告知であること前記のとおりである。)納税告知の手続を経ることによつて各一日の税額につきそれぞれ発生し、順次一日分の金額の範囲につきその翌日から消滅時効期間の進行を始めるものと解すべきものである。

もつとも昭和二五年法律第七一号所得税法の一部改正法付則一五項が、同年四月一日から成立する利子税の計算の基礎となる本税額について、同法施行前に納税の告知又は督促がなされているときは、その利子税についても納税の告知又は督促がなされたものとみなす旨を規定しており、本件利子税額については右付則一五項に従い処理すべきものであること前記認定の事実と説明によつて明かであるところ、右規定の趣旨は、右付則所定の場合にあたる具体的利子税額納付義務の確定のためには、改めて別段の手続として納税告知を発しなくとも法律上納税告知の手続を経たものと擬制し、その納付義務は既に確定せられたものとして徴収手続上の取扱をなし得べく、またその利子税額につき既に滞納処分の前提要件たる督促の手続までも経たものとして取扱い得ることを定めたにとどまるのであつて、その確定せられた具体額の利子税全額の納付義務の履行期までも本税額についての納税告知若しくは督促の時期又はその指定期限まで遡らせることを定めたものではないと解するのが相当である。

被控訴人は、本件加算税等徴収権の消滅時効期間の起算日は、控訴人が被控訴人に対する昭和二四年度所得税の更正処分中に誤謬の点のあることを認めこれを訂正して被控訴人に通知した昭和二六年一月二四日である旨主張するけれども、前記乙第三号証及び原審証人渡辺栄輔の前記証言によれば、右主張にかかる誤謬の訂正というは、先行する更正処分によつて既に具体額納付義務として確定せられたものについて、その一部を減額すべきものとする措置であつたことが明かであるから、右訂正の効果としては徴収権を行使し得べき具体的税額の範囲が将来に向つて一部減縮せられるということにすぎず、徴収権の行使自体には格別の障碍を与えるものではないと認められる。右訂正通知の日をもつて徴収権の消滅時効期間の起算日となすべき理由はない。

また控訴人は加算税額等いわゆる付帯税が、所得税本税の存在を基礎とし法律上当然に発生して本税額に付加されるべき本税額内容の拡大物にすぎず、元来本税と一体をなすものであるといい、これを理由として、本税額の徴収権と加算税等いわゆる付帯税の徴収権を別個に取扱うべしとする原判決の判旨は不可解であり、その納期限は当初から本税額についても付帯税額についても同一であると主張するけれども、国税収納資金として会計に関する取扱上本税額と付帯税額とが一体をなすものとせられることがあつても、その故にその徴収手続の段階においてまであらゆる関係において終始当然一体又は単一のものとしてのみ取扱がなされるものと解すべき理由はない。その具体額納付義務の確定の面から手続的に観察してみれば、本件の如く申告納税においては、追徴税額は納税者の申告に対する政府の更正処分とその通知並びに当該更正追加額につき算出した具体額の納税告知の手続を経て始めて納付義務が確定せられてその徴収手続が進められることになるのであり、加算税、延滞加算税並びに利子税等についても、すべて各場合の納税告知をすることによつて始めて具体的納付義務が確定(但し本件の利子税については現実の納税告知を要せず法律上その処分が擬制せられること前記のとおりである。)し、その徴収手続を進め得べきものとなるのであるから、本税と付帯税との一体性(控訴人がその一体性を主張するとき果して如何なる意味において一体なりというのかその主張の趣旨自体が必ずしも明白でない。)を根拠とする控訴人の前記主張は採用することを得ない。そして前記乙第三号証と原審証人渡辺栄輔の前記証言によれば、本件における利子税額が昭和二八年五月一日以降昭和二九年二月二三日までの二九九日間に対して納付すべきものの合計額に相当する金額であり、本件延滞加算税額が昭和二五年四月一六日以降同年八月一八日までの一二五日間に対する合計額に相当する金額であることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると右利子税の徴収権の消滅時効は右二九九日の各一日分毎につきその金額の限度で順次その翌日(昭和二八年五月二日から昭和二九年二月二四日までの毎日)から進行を開始し、延滞加算税の徴収権の消滅時効は右一二五日の各一日分毎につきその金額の限度で順次その翌日(昭和二五年四月一六日から同年八月一八日までの毎日)から進行を開始するものというべきである。

次に控訴人主張の時効中断事由について考察する。

被控訴人が前記更正処分を違法として昭和二六年二月二四日神戸地方裁判所に控訴人を被告として右処分の取消を求める行政訴訟を提起し、控訴人は同年四月一七日の第一回口頭弁論期日において請求棄却の判決を求め、爾来訴訟の全経過を通じ終始右更正処分が適法であつて原告主張の違法の瑕疵が存しない旨主張したこと、右訴訟に付神戸地方裁判所は昭和二九年一月二九日原告の請求棄却の判決を言渡し控訴、上告を経て昭和三一年九月八日結局原告(被控訴人)の敗訴に確定したことは、いずれも当事者間に争がない。控訴人は、右行政訴訟において前記更正処分の適法性を主張して原告の取消請求を失当として抗争した行為をもつて、本件加算税等の徴収権の消滅時効を中断する効力があり、これによつて右時効は昭和二六年四月一七日から昭和三一年九月八日までの間中断したと主張するけれども、およそ所得税本税や更正処分に基く追徴税に限らず付帯税等においても国の租税徴収権については一般に当該行政庁による各納税者の具体額納付義務の認定判断の公定力に基き、その内容実現のための自力執行権能が付与せられているのであつて、敢て当該納税者を被告とする司法判決の手続を経ることを要しないばかりでなく、本来裁判手続をもつて司法権によりその満足を実現することは制度上認められず、唯自力執行の手続として法律の定めるところに従つて先ず自ら直接納税者に対し具体税額の納付を下命し、応じなければ更に差押公売等滞納処分により強制徴収すべきものであるし、右自力執行は当該場合につき納税者から租税の賦課徴収に関する行政庁の処分の取消請求行政訴訟を提起することによつて停止せられるものではないから、右訴訟において当該行政庁が係争行政処分の適法であることを主張したからといつて、その処分にかかる具体的袒税額納付義務に関し、その履行を催告するとか履行を請求する等租税徴収権の現実の行使にあたる行為をしたものとは認めることができない。殊に所得税の本税額そのものではなくこれに付帯する加算税、利子税及び延滞加算税等、その具体的税額の納付義務が確定するためには各その法定要件を充足し且つ納税告知の手続をなすことを必要とすること前記説明のとおりであり、本税との一体性の関係を援用して論すべきものでないことも亦前記のとおりであるから、本税額に関する更正処分の取消訴訟において当該処分の適法性を主張する行為が、直ちに加算税等の徴収権を行使する行為に該当するものになるとは到底解することができない。なおこの点に付、更正処分取消行政訴訟の訴訟物と民事訴訟法上の請求に関する異議訴訟の訴訟物との類似性を前提として、請求異議訴訟に関する昭和一七年一月二八日大審院判決の趣旨を右行政訴訟にも類推すべきものとする控訴人の見解は、当裁判所の採らないところである。蓋し右行政訴訟においては決して更正により確定的に納付義務の生じた額についての強制的租税徴収に関する行政権の自力執行権能を手続上に排除することを直接目的とするものでもなく、具体額納付義務の強制実現をなし得べき自力執行権の存否の確定をその直接の目的とするものでもないからである。

次に被控訴人が昭和二九年二月二三日に至つて昭和二四年度所得税額の残額金八万八、六五〇円を任意納付したことは当事者間に争がないところ、控訴人は右本税額の任意納付の行為をもつて、被控訴人が本件加算税等の納付義務を負担することを自ら承認したものであるとして、これにより加算税等徴収権の消滅時効が中断せられたと主張する。しかしながら本件加算税等所得税に付帯する税は、たとえそれらがいずれも所得税本税額の具体的納付義務の成立確定を不可欠の成立要件とすることが明かであるとしても、なおその各々につき法律上独立要件を具備すべきものであるし、その具体的納付義務の確定成立のためにはそれぞれについての納税告知の手続をも必要とするものであるから、その徴収権も各別個に発生すると認められること前記説明によつて明かである。ところで民法第一四七条によつて承認が消滅時効中断の事由と定められていることの意味は、いうまでもなく当該場合の法律上の義務者の一定の主観的容態(自己に対する他人の権利の存在とこれに対応する法律上の義務の負担の認識)の成立と、その権利者に対する表明とからなる行為を法律事実として、これに時効中断の法律効果を付与したということに外ならず、承認自体は法律事実たる行為であつて法律効果そのものではないから、本税額のみの任意納付の行為の存在の故に、直ちにこれとは別異の行為と認むべき付帯税納付義務の承認行為が当然成立しているものと認めることはできないし、右納付行為がそのまま加算税等の具体的納付義務の承認行為にもなるものと認めるわけにゆかないことは明かと解せられる。そして成立に争のない乙第一〇号証及び甲第四号証並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人は前記本税額の納付に先立ち、昭和二九年二月一一日付書留内容証明郵便によつて発送した控訴人宛の書面をもつて、本件加算税等の具体的納付義務は当時なお係属中の前記行政訴訟の上告審判決のあるまでは成立確定しないものと思料する旨の被控訴人の見解を示して、その納付義務の現存を争う趣旨を表明し、その後前記本税額納付の当時に至るまで右見解を改めていないことが認められ、この事実によれば本税額納付の当時被控訴人には、本件加算税等確定的租税徴収権が自己に対して存することの認識は存しなかつたことを推認することができる。成立に争のない乙第一一号証によれば、控訴人が昭和二九年二月一七日付第二回納税催告書と題する書面をもつて本件加算税等を完納されたい旨申し送つたことが認められるけれども、この事実を以つてしても未だ前記推認を妨げるに足りないものと認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。また納税者たる被控訴人が租税法律関係に関する当該行政庁の処分や決定に付、一般的に公定力及び自力執行力の存することを知つていたからといつて、その故に直ちに具体的場合としての本件加算税等徴収権の存在を認識していたことまでも推認するのは相当でないものと認められる。控訴人の承認を理由とする時効中断の抗弁も採用することを得ない。

更に控訴人は昭和三七年法律第六六号国税通則法第七三条第三項、第四項を援いてその規定の内容をなすところの「本税と延滞税等付帯税が時効に関し一体として同一の法的運命に服する」との趣旨は、右法律によつて創設せられた原則ではなく、単に従前の取扱例における慣行的不文の取扱原則を法規の形式上確認明示したのにすぎないものであつて、右法律の制定施行以前の本件加算税等の徴収権とその本税額徴収権との関係に関しても同一に解するのを相当とするとし、その理由として同法第七二条第二項による国税徴収権の時効に関する援用行為の不要及び時効利益の放棄の禁止の趣旨は、同旨の規定を含む昭和三四年法律第一四七号国税徴収法の制定施行に先立ち、既にそれ以前から判例、学説及び行政実例上確定的に容認されていたことを挙げるけれども、実務取扱に関する判例、学説及び行政実例が、立法をまつまでもなく、それ以前から既に後日の立法による規律と同一趣旨であつたのは、国税徴収権の時効につき援用を要するか否か又は時効利益の放棄を許すか否かの点に関するのみであつて、国税徴収権の時効中断事由若しくは中断の効力の及ぶ範囲に関するものではなく、しかも既に完成している時効に付、更に援用なる特段の行為を要するか否か、並びに時効利益の放棄の能否の問題は、完成した時効の法律効果を如何にして確定するか、時効利益の存否を当事者の個人的意思による任意処分に委ねるか否かに関するものとして、具体的立法政策上の当否選択の問題に外ならないのに対して、時効中断事由と効力に関する問題は、時効の本質的基礎要件たる一定の事実状態の継続が覆滅若しくは一時的に停止せしめられたものと認むべきか否かに関するものとして、客観的事実関係の法的社会的認識、評価の問題であることを考えるときは、右両者が常に同一の取扱に服すべきものとする見解はにわかに賛し難いところであるから、前記の確定的行政実例、学説及び判例の存在の故に国税通則法第七三条第三、第四項をも第七二条第二項と同様確認的なものにすぎないものと論断するわけにはゆかない。一般に国を一方当事者とする公法上の金銭給付の債権債務関係については、消滅時効期間の満了により時効の効果として即時確定的に権利義務の消滅を来し、敢て債務者等時効により利益を受くべき者の援用を要しないものと解すべきことにつき実定法規定を待たないこと、正に控訴人主張のとおりであるから、若し国税通則法制定施行以前において既に国税徴収に関し同法第七三条第三、第四項と同旨の取扱をなすべきものとする行政上の取扱慣行が確立していたものと認めるべき証拠もなく、学説判例についても未だ必ずしも同旨の解釈に帰一確定していたわけでもないのに拘らず、新たに制定せられた国税通則法の前記規定の存在の故に卒然として同法施行以前における租税法律関係に関してまでも一律一般的に同法条と同旨の取扱をなすべきものとするならば、明文なくして実質上納税義務者たる国民の側に不利益に国税通則法を遡及適用するに帰するものとして、到底許されないところといわなければならない。控訴人の右主張は採用することを得ない。

以上の説示によれば、本件追徴税額及び加算税額の納付義務につき、昭和二五年四月一五日以降五年の期間内に生起した前記所得税更正処分取消請求の行政訴訟における控訴人の訴訟追行行為並びに被控訴人の所得税本税額の任意納付の行為は、いずれも有効な時効中断事由とはならず、その他の時効中断事由については控訴人の主張立証がないから、右各税額についての徴収権は昭和三〇年四月一四日の経過とともに時効により確定的に消滅したものといわなければならないし、本件延滞加算税額の徴収権についても、その具体的納税義務として確定し、現に徴収権を行使し得べきものとなつた昭和二五年四月一六日以降同年八月一八日までの各日から五年以内に有効な時効中断事由の存したことの認め得られないこと、右加算税等におけると同様であるから、本件延滞加算税額の徴収権は、昭和三〇年八月一七日の経過を最終として、その全額に付時効により確定的に消滅したものといわなければならない。

本件利子税額の徴収権については、その具体額納付の義務として確定し、現に徴収権を行使し得べきものとなつた昭和二八年五月二日以降昭和二九年二月二四日までの各日から五年の期間内に生起した前記更正処分取消請求の行政訴訟における控訴人の訴訟追行行為並びに被控訴人の所得税本税額の任意納付の行為がいずれも有効な時効中断事由とならないこと前記と同一である(但し本件利子税中昭和二九年二月二三日の一日分に対する利子税額の納付義務に関する限度においては同月二四日以降に始めて現実にその徴収権を行使しうるに至つたことが明かであるから、それ以前の時期に属する右二個の事由による時効中断の効力の存否を考慮すべき余地は存しない。)。そして控訴人が被控訴人に対し昭和三四年二月九日、本件加算税額等の合計金三万八、八一〇円を納付すべき旨記載した催告書を発し、右書面が同月一一日に被控訴人に到達し、その後六ケ月以内に被控訴人に対する本件加算税等強制徴収のために滞納処分として本件差押がなされたことは当事者間に争がない。しかしながら既に具体額納付の義務として確定せられている税額に関し、「納税義務者による現実の納付履行を欲する権利者たる政府の意思通知」という意味における「催告」若しくは「請求」に値する行為としては、行政権の自力執行権能に基く法定の強制徴収手続の一環をなす督促(所定の方式を具備した督促状を発してする)があるのみと解するのが相当であつて、私法上の債権債務関係において債権者が債務者に対してなす履行の催告と全く同様に、単に事実上債権者から債務者に対して任意の履行を欲する意思を通告するという意味のものとしてなされたにとどまる具体的税額納付の催告行為は、租税法律関係については未だ何等格別の徴税手続法上の意義を有するものではなく、したがつて具体的金額納付の義務として確定せられている租税法律関係につき、納税催告という行為が、私法上の債権関係において六ケ月間裁判上の請求をする期間を延長する効力を有する裁判外の催告と全く同様の効果を有するものと解することはできない。

昭和三四年二月九日当時施行せられていた会計法第三一条には「金銭の給付を目的とする国の権利について、消滅時効の中断、停止その他の事項に関し、適用すべき他の法律の規定がないときは、民法の規定を準用する。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。」と規定せられ当時施行せられていた国税徴収法はその第九条において滞納国税に関する督促の手続を規定しているのであつて、右国税徴収法所定の督促が民法第一五三条にいう「催告」に該当する租税徴収権者の行為であることは同法(徴収法)の規定の趣旨に照らして明白であるところ、一方会計法第三二条は「法令の規定により国がなす納入の告知は民法第一五三条(前条において準用する場合を含む)の規定にかかわらず、時効中断の効力を有する。」旨規定し、前記督促の手続が右にいう「法令の規定により国がなす納入の告知」に該当するものと解すべきことは明らかであるから、国税徴収権の消滅時効に関し国税徴収法に基く督促手続が行なわれる限りにおいては民法第一五三条の準用は排除されるものといわなければならず、これを消滅時効中断に関する民法上の制度の側から観れば、会計法第三二条は、権利者の側から催告し且つ爾後六ケ月内に裁判上の請求等の手続をなすことに時効中断の効力を付与すべきものとする民法規定に対する特則を定めたものといわなければならない。それならば前記会計法第三一条の規定の故に租税徴収の法律関係においても、それ自体で独立して直ちに時効中断の効力を生じ爾後六ケ月内に民法第一五三条所定の裁判上の手続を経ることを要しないものとされる前記督促の外に、なお民法第一五三条にいう「催告」という私法上の債権債務関係におけると全く同一の法的意味をもつた行為が、権利者たる国の、義務者たる当該納税者に対する行為として存し得るものと認められるのであらうか。若しそのような意味における国の催告行為が可能であるとするならば、租税徴収関係においては徴収権者たる国は、それ自体で直ちに租税徴収権の消滅時効中断の効力を生ずべき催告と、爾後六ケ月内に更に格別の手続(民法第一五三条所定の裁判上の手続に該当するものとしては、租税徴収に関しては滞納処分以外には考えられないが、滞納処分と裁判上の手続とを権利内容の実現に関し同一若しくは同質視し得べきものとし、準用の根拠たる実質的同一性ありとなすべきかはなお疑問の存するところであるがこの点は措く。)をすることによつて始めて中断の効力を生じ得べき催告との二種の催告行為をなし得ることになる筈である。しかしながら「催告」という行為は厳密な意味における法律行為ではないとしても法律的行為として一定の法的意味を本質的に担つている行為には相違なく、単純な社会生活関係上の事実としての行為に留まるものとは認められないから、或る人の一定の行為容態が「催告」というに適するか否かは、先ず当該場合の具体的行為に即し、これを律すべき法律制度の趣旨に則つて判定せられるべきところである。租税徴収の法律関係につき前記督促の手続以外には徴収手続上納税義務内容の実現を求める国の意思通知行為として定めたものは何等存しない。また会計法第三一条の規定が租税徴収関係につき民法第一五三条所定の法律効果(爾後六ケ月内に裁判上の請求等をすれば時効中断の効果が生ずるものとされる)の付せられるべき権利者たる国の行為たる「催告」の根拠規定として、それが如何なる要件を具備した如何なる内容を有するものであるべきか、如何なる方式等に拠るべきものであるか、ということまでも定めたものとは到底解することはできないし、まして民法の右法条がこれを定めるものでないことも明らかである。

租税徴収の関係においては国税徴収法所定の督促の手続としてなす以外の催告行為というものは存しないと解せられる。この点に付具体的金額納付の義務として確定せられている租税法律関係について、これを私法上の金銭給付の債権債務関係と異ならないもの若しくは同質のものとしてこれに準ずべきものであることを根拠として、前記督促の手続の外に更に納税催告という国の行為の成立の可能なことを認め、法律上、私法上の債権の履行催告と全く同様に民法第一五三条所定の効果を認める見解は相当でないものとして当裁判所はこれに左袒することができない。蓋しこのように考えることは、租税法律関係の具体的確定の過程と確定せられた後における当該義務内容の実現の過程における特殊性を一切捨象して、唯もつぱら具体額の金銭給付を内容とする権利義務の対立関係の面においてのみ租税法律関係を捉えることにより一般私法上の債権関係との同一性を帰結し、次でこの同一性を理由として一転してその権利義務の内容の実現、権利の実行の段階についてまでもその同一性を拡張推及し、たとえば履行の催告行為の如きものについても両者に通じてその態容や法律上の意味、機能を全く同一なものと論定するに外ならないというべきところ、このような立論は、先ず租税法律関係の具体的成立の過程における行政権の認定判断の優越性、関係当事者たる政府と納税者との不対等関係(申告納税制度によるべき税金においても、納税者の申告にかかる税額が終局確定的に当該場合における納税義務として確定せられるのではなく、当該税務行政庁が右申告内容を適法正当なものと審査認定することを条件としてこれに一応の確定力が与えられるものであり、若し行政庁が当該場合の申告内容を失当と認める場合若しくは納税者が何等の申告もなさない場合があれば、行政庁はその権限に基き一方的に右申告を変更する更正処分をなし若しくは決定をなすことにより、自ら適法正当とする具体的税額を認定し、その額について納税告知をすることによつて具体額納税義務が確定せられ、右認定判断は公定力を有し自力執行によりその給付を強制実現し得るに至り、しかもこれら一連の処分はすべて所定の行政争訟手続をもつてのみ取消し得べきものとなる。)を無視する点において、また他方その権利者の側からする積極的権利行使の過程が司法判決とその強制執行手続によるまでもなく行政権自体の自力執行力の発動による強制的実現が可能なことを顧慮しないものとして、到底正当とは考えられないからである。

以上説明したところを総合考察するときは、結局国税徴収法が明文の規定をもつて、租税徴収手続の一環をなす制度として定める督促につき、会計法第三二条をもつて独立して当該具体額租税徴収権の消滅時効中断の効力を付与しながら、その外になお会計法第三一条の故に、或いは私法上の債権関係との同質若しくは類似性を根拠として、右督促の手続とは別個独立な、私法上の債権関係におけると同一の催告行為を、租税徴収手続行為の一部として付加すべきものとする合理的な理由や必要は何等存しないと解するのが相当である。租税に関し徴収権者たる国は国税徴収法所定の督促の手続の履践を先行要件としてその自力執行権能を発動して直ちに当該税額徴収の強制的実現をなし得るし、当該徴税係官は督促状の指定期限を徒過してなお任意の納付を怠る納税者については右自力執行による強制的義務実現を図るべきものであつて、すでに右督促手続を経ているに拘らず、引続き任意納付をしないでいる納税者に対しなお強制徴収の手続に出ず法定の時効期間満了に近づくまで漫然納税者の任意納付に期待している以上、それが当該徴税係官の如何なる主観的意図や理由に基くものであれ、国が課税権の主体として、自力をもつてその権利内容を終局的に実現し得ることまでもその内容的効力として含む徴収権を即時行使し得べくしてなお自らこれを行使しない、という客観的状態が成立し存続していることには何等の変りもないのであるから、もはや民法第一五三条を準用すべき実質的根拠はないというべきである。蓋し民法第一五三条の趣旨は、催告自体に時効中断の効力を認めたものでなく、中断の効力自体はあくまで依然権利の強制的終局的実現行為たる同法所定の裁判上の手続そのものに付与せられるものとしながらも、法定の時効期間の満了に近づきなお法定の厳格複雑な手続要件の履践と日常生活上必ずしも簡易とは言い難い周到な諸般の準備並びに費用を要する裁判上の手続をなさなければ時効完成を阻止し得ない不利益につき権利者(債務者とは対等関係にあり何等優越的地位を認められているわけでもない)を保護し、それらの裁判上の手続による権利の確定的終局的行使と実現に関し期間的猶予を与えるための要件として、一応裁判外において、格別の方式や特定の手続並びに多額の費用を要せずして容易になし得べき催告をなすべきものと定め、これにより事実上時効期間延長を許さんとするにあるものと解せられるところ、国を主体とする租税徴収権に関してはその内容実現につき右のような保護の必要は認めることを得ないからである。したがつて前記の催告がその到達後六ケ月以内に被控訴人に対し本件差押処分をなしたことにより本件利子税額徴収権の消滅時効中断の効力を有し、これにより本件利子税額徴収権が存続する旨の控訴人の主張も採用することを得ず、他に有効な時効中断事由の存することは控訴人の主張立証をなさないところである。したがつて本件利子税額の徴収権も昭和三四年二月二三日の経過の時を最終としてその全額に付時効により確定的に消滅したものといわなければならない。なお控訴人は、本件国税の賦課処分につき被控訴人との間に前記更正処分取消の行政訴訟の係属中であつたこと、被控訴人が法曹で事理を弁識するものと認められたこと、控訴人所属の職員との納税に関する接渉において、被控訴人が万一右行政訴訟において敗訴に確定した場合には、直ちに税額を完納する旨申述べていた、等の事実を考慮して被控訴人に対する強制徴収の実行を差控えていたものであつて、決して自力執行による徴税権の行使を懈怠していたわけではないと主張するが、一般に消滅時効の基礎たるべき権利不行使の継続的事実状態の成否は、権利者の内心的主観の状態を基準として判定せられるものではなく、義務者との関係において観察した場合における、権利行使と認めるべき行為の存否という客観的状況によつて定められるべきものと解せられるから、控訴人の側における主観的理由や動機乃至目的が如何なるものであつたにせよ、現に被控訴人の負担する確定的具体額納税義務の実現に付、徴収権者たる控訴人において、現に法律所定の手続に従い強制徴収行為に出ることを得たのに拘らずこれをなさなかつた以上、依然権利の不行使には相違なく、消滅時効の基礎たる権利の上に眠つている状態であることにはかわりないのであつて、徴収権の消滅時効の進行は妨げられないものというべきである。

以上によれば控訴人が被控訴人に対する租税滞納処分としてなした本件差押処分は、これにより強制徴収せられるべき本件加算税等具体額租税の徴収権が既に時効によつて確定的に消滅した以後になされたものというべきであるから、違法として取消されるべきものである。これと同旨に帰する原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却し、訴訟費用の負担に付同法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)

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